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奇跡のコースのすすめ

※この記事は過去ブログでアップしたものを一部訂正したものです。(初稿2012年7月)


『目の前に起きている物事は、すべて「幻想」であり、本当の問題を見ることが出来た時にこそ、その全てが変わっていくということを教えてくれる本』の1つとして、
『奇跡のコース』のワークブックがあります。

『奇跡のコース』(A Course in Miracles)とは、
真の自己を生きるための完全なコースと言われており、
物事の見方、考え方を変えてゆくことで真の自己を確立していく試みをする「心のトレーニング法」の本です。
(アメリカの方が受け取ったメッセージを書き起こしたものなので、キリスト教的な書き方になっていますが、宗教とは関係ありません)

今日は、奇跡のコースの考え方の基本をご紹介したいと思います。

 

 
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 
奇跡のコースで教えてくれていることはいたってシンプルです。

まずは
「自分の物事に対する見方は間違っているのだ」ということを認めましょう、ということ。

私たちは肉体の目を通してエゴで物事を見ているので、それはすべて幻想であると書かれています。
自分が見ている世界がそうした幻想であるということを認め、ものの見方を変えていきましょう、ということです。


「私は何も見ていません」
「私は私が見ているものを理解していません」


奇跡のコースを読んでいくと、
こんな風にまず自分のエゴを突きつけられます。

どんなに辛いことであっても、
どんなに自分のせいで起こったことではないと思うことであっても、
自分の世界で起きたことは全て「自分の責任」であると、語られています。

一体どういうことなのでしょうか。

私は今まで、この意味を理解していると自分では思っていましたが、実際にはなにも理解していなかったということに気づきました。

「自分の責任」と言われると、現実の中での責任を考えてしまいますよね。
でも、例えば歩道を歩いていたら後ろから自転車がぶつかってきた、とか、
お店の中で他人が喧嘩していてとばっちりを受けた、とか、
「自分の責任」がどこにあるのか、良くわからない出来事も実際には起こるものです。

でも、それすらも、「自分の責任ですよ」と、コースは告げています。

「どうしてそうなるの?」
「なぜそれが自分の責任なの?」とつい言いたくなりますよね…。


この「責任」という言葉は、
私たちが見ている、起きている(と思っている)出来事そのものに対しての言葉ではありません。

実際に起きていることを見れば、確かに「自分は何もしていないのに」という出来事もあると思います。

でも、自分の世界の中で起きていることであることには変わりがありません。

では、なぜそれが自分の世界で起こるのか。

その現象を起こす原因となっている自分のものの見方、考え方に対して、「自分の責任なのだ」とコースは述べているのです。

自分の世界は自分の内面の写しである、というお話は良く聞きますし、このコラムでも何度も話題に上っています。

つまり、問題なのは、その世界を作り上げている、自分の感覚、自分の作り出した「世界に対する思い込み、前提」が、その出来事を作り上げているということなのです。


例えば。。。

「お金は苦労をしなければ入ってこない」という考え方を持っていたら、その通りになります。
苦労なくしてお金を手にする世界は、その人の中には存在しません。

「何かを得るには代償が必要だ」と思っていたら、必ず代償を払わなければ何かを得られないことになります。
というより、自分でそうしなければ何かを得ることを許せないという状態が存在することになります。

これは無意識の中で行われているので、もしかしたら意識的にはそんな風に思っていないかもしれません。

このからくりに、私はようやく気づきました。

問題となっているのは、自分では気づきもしないような、根本的なものの見方、考え方なのです。


だからこそ、何か困ったことが起きた時、それを「別の幻想(現実)」に変えようとすることは無意味である、と書かれています。

エゴが見ている幻想であり、存在していないものに対して、別の存在していないものとすり替えても、(それがどんなによく見える幻想であっても)全く意味がないのです。

もちろん、意識と見方を変えて行けば、幻想(現実)は変わっていきます。
でもだからといって、それを良い悪いということで考えることはしないのだ、ということであり、そこに重きを置かない、ということなのです。

どちらであっても、何が起こっていても、
自分が真実に目覚めていれば、
穏やかで幸せな状態でいられるのです。

そしてそれは、本来は誰もが望んでいることではないでしょうか。

 

 
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 
コースが教えているもう一つのポイントは、
「問題も、解決策も一つである」ということ。

問題はすべて、エゴによる分離から来ています。
エゴによって幻想を作っていて、それを真実だと思い込んでしまっているのです。

だからそれを認め、許すこと。(コースでは「贖い」と書かれています)
解決策はそれだけです。


さて。。。
ここで言っている「許す」とは、
とある出来事に対して、「仕方がなかったね」とか、「あなたの気持ちもわかるよ」とか、「もう怒ってないよ」というように、起きた出来事を「容認」することではありません。

そんなものは何もなかった、
存在すらしていなかった、
ただ自分の物の見方が間違っていただけだった、

ということを認め、受け入れることです。

私たちは、自分と違う価値観を持っている人がいると、そこに無意識のうちに挑戦してしまいます。
自分が間違っていたと認めるのが怖いからでしょうか。
今まで知らなかったことがそこにあるということが怖いからでしょうか。

そうですね。
もしその間違いを認めることになったら、自分の人生すべてを疑うことになるかもしれません。
それは誰でも怖いことです。

でも、実はそこには「何もありません」。
そして、そこを乗り越えた時にやっと、平穏な世界、
愛と平和で構築された世界を見ることができるようになります。

…難しいですね…(苦笑)

何かとてもつらいこと、ひどいことが起きた時、私たちはそれを「現実に起きていること」だと思い、その「出来事」を変えようとやっきになります。
そういう時、私たちは自己憐憫でいっぱいになっています。

自分は間違っていない、
自分が正しい、
そう思って、それをわかってもらおうとして、
それを証明しようと必死です。

相手に自分の正当性を認めてもらおうと必死なのです。

でもそれは、
「今起きていること、これは現実だ」ということを証明しようとする行為です。

そうに思わせることができれば、「エゴの勝利」です。
エゴはいつまでも、この幻想の世界で、都合の良い「現実」を作り続けることができます。

でも、奇跡のコースでは「全てはエゴが作り出した幻想であり、何も起きていない」と教えてくれます。

受け入れていく段階では、わかったような、わからないような状態が続くように思います。
だって、私たちは今こうしてパソコンの画面を見ているし、ご飯も食べるし、体が寒かったり暑かったりしますものね。

でも、夢の中でもそうですよね。

つまり、
私たちは「起きてこういう世界を生きている」と思っている夢を見ている、ということなのです。

これを咀嚼し、実践できるようになるには本当に心の鍛錬が必要になると感じています。
私たちの中には長い時間の中で擦り込まれたエゴの思考パターンがあるからです。

だからこそ、奇跡のコースは365のワークを1つずつ、
それを1年かけてやるようになっているのだと思います。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 
奇跡のコースにあるような心の鍛錬をしていったからといって、なんだというのだ、と思われる方もいるかもしれませんね。
そうはいっても私たちはこの世界でその「幻想」とやらを見続けているわけですから。。。

でも、見方、考え方、心の在り方が変わって行けば、
辛いこと、
ひどいこと、
容認できないこと、
悲しいことなど、

「困った」出来事についての見方が変わっていきます。
実際には目の前の事は何も変わっていなくても、見方が変わるだけで全く違った世界を見ることができる。

そうすることで、実際には、誰でも、この世界にいながら「天国」を感じることができるようになるということではないかと思います。
つまりそれが「奇跡を見る」ということなのだということから、「奇跡のコース」と名付けられたのかもしれません。

つまり、誰もがこの世界を「素晴らしい世界」に変えることができるということです。

この世界は、「ひどくて辛い」世界ではなかったのです。
それはただ、自分のエゴが自分に見せていた幻想だっただけなのだから、
いつでもそれを手放し、「素晴らしい世界」という幻想に切り替えることができる。
その結果として、私たちは誰なのか、
この世界はなんなのかということを理解することができるようになるということだと思います。

一度にできるようになるのは難しいですが、
少しずつ試みていく中で、より素晴らしい世界を構築できるようになりたいですね。


『奇跡のコース』



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