お知らせ  INFORMATION

2022/02/05 up
新メニューのお知らせ
2021/12/27 up
年末年始休業のお知らせ
2021/11/30 up
コラムを更新しました

ヘルスケアコラム

ヒーリングコラム

※ 注意事項 ※

Angel touch がご提供している療法は、健康促進や癒しのためのご相談であり、医療行為及び医療類似行為には該当いたしません。
ご相談をお受けいただく際はそれぞれの療法に関する「注意事項」をご案内し、同意書にサインをいただいております。

< ヘルスケア コラム >
怪我やアクシデントのケア   |   TOP   |   Hit or Awayー追い詰められた時に取る行動

体がヒステリーを起こすとき

(2021年8月 ブログ投稿)



激しい体の症状の裏には激しい感情(のストレス)がある

という話題は、

このブログでは何度も取り上げています。


激しさを伴う頭痛や腹痛、歯痛、生理痛、耳鳴り、突発性難聴、

体の硬直を伴う病気、

進行が早いガン

…などなど、

『激しさ』を伴う体の反応の奥には、
激しい、強いエネルギーが隠れているのです。


もしもそれ(激しい感情のストレス)を上手く扱う(処理する)ことができていれば、

たとえ激しい感情を感じるようなことがあったとしても、さほど困った症状は出ないで済むでしょう。

しかし、

扱いきれないほど激しかったり、
受け入れられなかったり、
ないものとして心の奥に押し込んだりすれば、
 

精算するために、

体の方に問題が出てくることになります。


簡単に言えば、

その分(精算分)だけ激しく体に出る

ということです。


体は心の代弁者だからです。

どれくらい激しく出るかというと、これは感情の『ボリューム』

『認識できた量』によって変わってくることになります。




(アタシのボリューム、わかってニャ〜!!)





【エネルギーが強い人ほど激しく出る】

数値でイメージしてみましょう。

(イメージしやすくするために数値化してお話します)

 

例えば、

ものすごく腹を立てた

と気づいてはいても、

腹を立てたボリュームが300だったとして、

認識できているのは150だったとしたら、

残りの150は体に出てくることになります。

もし280くらいは受け止められて、リリースできれば、
体に表現するのは20で済みます。

一方、
腹を立てたボリュームが100だったとしても、
認識しているのが10ならば、
残りの90は体に出ます。

 

激しい感情であればボリュームが大きいのですから、

それだけ処理しなければならない量が多いので、

ある程度頑張ったとしても、

うまく処理できない量も増えてしまいます。

やっかいなことに、
エネルギーがある人であるほど感情のエネルギーもあるので、
怒りのエネルギーも強い、

ということになります。

エネルギーがさほど強くはない人であれば、

「私はすごく怒った」と感じても、

100くらいかもしれません。

 

しかし、
エネルギーの強い人がそれなりに腹を立てると、

本人は『ちょっと腹がたった』くらいに思っていても、

あっという間に200や300のボリュームになってしまいます。
 

でも、多くの場合、その事実を認識していないのです。

しかも、

本人がいくら『私はちゃんと認めている』と思っていて、
100くらい認められたとて、
残りはまだまだたくさん(100とか200とか)あるわけです。

そうなったら、

それなりの体の症状を出さなければつじつまが合わない

ということになります。
 

しかしそういったからくりが理解できないと、

「こんなにやっているのにこんなに痛い(苦しい)、どういうことなの?」

となってしまいます。

 


一方、
エネルギーが弱い場合は、
「腹を立てる」という現象そのものをなかなか引き起こすことができません。
もともとエネルギーがあった人でも、

色々な抑圧でエネルギー自体が抑え込まれていると、
腹を立てるというスイッチがマヒしていて入らなかったりするのです。

だからこそ、

本質的な改善が起きてきた時に、

怒りっぽくなる時期がやってきたりするのです。

感情が動くようになったからです。


怒りを感じるスイッチが鈍っている状態でも、

本当はどこかで感じていて、ストレスは溜めています。

(気づいていないだけ)


その結果として知らないうちに大きな病気になってしまったりします。
ずっと毒素が蔓延している部屋に閉じ込められているようなものだからです。

それでも表現できるエネルギーがあれば、
「何の表現なのかわからない」状態で体に何らかの痛みとして表現することになりますが、
エネルギーそのものが弱い状態なので、

症状も弱々しくなり、
「なんとなく具合が悪い」「気持ち悪い」というような不調が

長く続くこともあります。


つまり、

エネルギーが強い人ほど激しく出る
のです。



(エネルギーがない時って

怒る気もでないんだよね…)





【エネルギーがある=病気をしない ではない】

生体のエネルギーそのものが強い人に、
私が『あなたは本当はすごくエネルギーがあるんですよ』

と話すと、
素直に受け入れない人が多いです。

『私はこんなに体調が悪くて困っているのに、

エネルギーがあるってどういうことですか。

エネルギーが弱いからじゃないんですか?』

というわけです(笑)

エネルギーが弱いんじゃありません。




エネルギーがあるからこそ、

あっちもこっちも具体が悪い、
すごく痛い、
すごく苦しい、


となる。


エネルギーが弱かったら、

そこまで「出す」エネルギーがないからです。

 

弱い人には表現はできません。
弱い症状しか出せないのです。

だからこそ、先ほども書いたように、

回復してきたときに激しい症状が出たりします。
 

それは、「出せるエネルギー」が出てきたからです。


そこをまず認識しないと、自分の状態を理解できません。

理解できないと、良くなっていかないのです。
改善方法も見いだせないし、
問題の本質が見えないからです。

ところが、エネルギーが強い人は頑固な人が多く…、
そこを受け入れたがらない人が多いな、と感じます。
(もちろん、すんなり受け入れられる人もいますが)

「私はそんなに強くない」というのです。

「自分は強い」ということを受け入れると、

なんだか色々と都合が悪いのかもしれませんね(笑)

それも含めて、「受け入れていくこと」が良くなるための第一歩です。




あっちもこっちも具合が悪い、
という場合、
体がヒステリーを起こしているのと同じなのです。

つまり
出てきているその一つひとつの症状をいちいち追いかけても、
根本的に解決できるレメディは見つからない、

本質的な問題は見えてこない、ということになります。

だから「レメディ飲んでいても良くならない」と訴えたりします。


ダムが決壊して水があふれ、

あっちの木もこっちの木もなぎ倒しているのと同じです。

あっちの木もこっちの木も立て直さなきゃ、と、
そうやって状況が混乱し、翻弄されていると、
問題の本質をわかりにくくできます。

「私はこんなに大変なんだ!!!

だからこの痛いの(倒れている木)をなんとかして!」
ということばかりにフォーカスすることができてしまいます。


でも、
なぎ倒された木々をいくら救いあげても、
ダムの決壊は解決できません。

ダムの決壊を修復しない限り、あふれ出る水は止まらないのです。


暗に、
『私の問題はそんなに簡単じゃない』
という主張をしている場合もあります。

だからこそ、「あっちもこっちも」にして、

「なかなかよくならない」ということにします。

簡単に良くなってしまったら、
まるで抱えていた問題が簡単なものだったかのように見えてしまうのが嫌なのです。


でも、その思い込みは間違っています。

しかも辛くて苦しいのは本当は嫌なのですから、
手放せる方が良いはずなのですよね。

痛みを手放したからといって、
抱えていた問題が軽いものだったということではないし、
自分がしてきた努力が無駄だったということでもありません。

そういった「勘違い」をどこかでしていないか、
自分のエゴで「痛み」を握りしめていないか?


冷静に見つめる必要があります。



【何故体に出るのか】

なぜこんな風に体に出てしまうのでしょうか。

何故私たちは痛みを手放せないのでしょうか。


私たちは嘘をつくのが上手だからです。

私たちは、

わかってないのにわかっていると言い、
わかっているはずなのにわからないという。

怒っているはずなのに怒っていないと言い、
大丈夫じゃない時に限って大丈夫と言う。

 

まだまだ残っていても、「もう十分手放した」とごまかす。

 

「私はそんなネガティブな感情は抱えていない」という。

 

 

思い当たる節が全くない人などいないはずです。


だからこそ、体に出ます。
体は正直でうそをつかないからです。

自分に嘘をつけばつくほど、体の主張は大きくなります。
体で本音を出すしかないからです。

こうでなければならない
こうであるべきだ


そういうこだわりや頑なさが、
自分に嘘をつかせていますが、
それによって私たちは病気になってしまうのです。

 

病気になりたくないのなら、

健康でいたいのなら、
自分の感情に正直である必要があります。

 

感じたそのままを表現しろと言っているのではありません。

言いたいことを誰にでも遠慮なく言えということでもありません。

(それは色々と弊害が出ます)


そうではなくて、

自分の中では正直でいましょう、ということです。

否定しない、
責めない、

寄り添ってあげて、
自分が自分自身の一番の理解者になってあげる、

ということです。


難しいのは、
一度感じてしまったものは、『なし』にはできない、ということです。
感情は理性ではコントロールできません。

生まれてしまった感情は、「なし」にはできないので、
その後いくら「そんなに怒ってはいけないよな」などと思ったとしても、
出てきたものは消えないのです。

つまり、片づけるしかないのです。


無理やり消そうとすれば、それは病気のもとになるだけであり、
なかったことにはなりません。
認識できない分はどこかに溜まることになります。

自分の中に留めておくことは、

自分で自分をいじめて攻撃しているにほかなりません。

いくら『もう自分をいじめるのは辞める』と思っても、
心の奥に押しこめていたものが噴出してきたのだとしたら、
痛いし辛いのは当然です。

 

それを薬などで再び抑え込んでも何の解決にもなりません。

うまく捨てられるようにするしかないのです。


感情的にヒステリーを起こしている状況と、
体がヒステリーを起こしているのは、
本質的には同じです。


「からだが辛いだけで、私は感情的には穏やかで問題はありません」
というのは、真実ではありません。

体が辛いなら、少なくとも心に辛いものがあったのです。

 



体がもし激しい症状を出しているとしたら、
体の表現を理解できるようにしていきましょう。


その痛み、辛さによって何を表現しようとしているのか、

体と対話をしてください。


語りかければ、何かが返ってくるはずです。


最終的には、

その対話こそが解決の一番の近道である

ことを知っていただけると良いなと思います。

 

 

 

 

(聞いてあげるから、言ってみな?)

~あなたの内側にいるネコより~

 

 

▲TOPに戻る