私たちは、怒りをコントロールしている
(2018年5月24日 ブログ投稿)
~怒りは、出し入れできる道具である~
アルフレッド・アドラー
ものすごく腹が立って、
怒りがコントロールできないと感じた経験はありますか?
誰にでも、少なくとも一度や二度はあるはずですよね。
さて、今日のお話は、
『その時の怒りは、
本当に、「全くコントロールできないもの」だったのか?』
というお話です。
実は、怒りというものは無意識にコントロールしているもので、
全くコントロールできない、ということは、本当はあまりありません。
例えば、子どもや夫に対して腹が立って怒鳴っていた時、
電話が鳴った。
するとあなたはごく普通のテンションで「もしもし」と出るはずです。
喧嘩のテンションのままではなく、まるで何事もなかったかのように。
しかも電話の相手が子どもの学校の先生だったら…?
よりにこやかに穏やかになるはずです。
ところが電話を切った途端、
また怒りがこみ上げて、先ほどのテンションに戻っていきます。
このような経験は誰にでもあると思います。。。
つまり
「怒りは出し入れできる道具」なのです。
人は、
「今なら怒りを出したり、ぶつけても良い」と、
怒りが正当化されている時にだけ、怒りを表現しているのです。
ここでの「正当化」というのは本当に正しいかどうかではなく、
自分自身が「その怒りは正しい」と思っている時、ということです。
もし、コントロールできないと思うくらいの怒りが出てくるなら、
それだけあなたの中ではその怒りに対する正当性が強くて、
強く表現することにも正当性がある(怒って当然)と思っている、
ということになります。
「あなたの中では」というところがポイントですが…。
それを「わかってほしい」「わかってくれるはず」
という思いの中で、
「でも伝わらない、わかってもらえない」
という葛藤が、
怒りを更に増幅させていくのです。
でも。
人が怒りを表現する時、
その怒りのテンションは、
実際には目の前の出来事が本当の理由ではないのです。
それは溜め込んでいたものを出す「きっかけ」に過ぎません。
私たちは誰でも、少なからず怒りを内側にため込んでいます。
そのため込んでいたものを「出す」きっかけを探しているのです。
溜まってくれば出そうとする。
これは生体の正常な動きです。
トイレに行くのも同じ現象です。
溜まっているのに出せなくなったら、、、病気になりますよね。
怒りも同じです。
だから体が正常に動いていれば、溜まってきたら出そうとするわけです。
「怒りっぽい人」は、
怒りの水準が低くて、簡単にスイッチが入ってしまうわけですが、
それは常にイライラと怒りを抱えていて、限界が近くなっている。
だからタイミングさえあれば「出してしまいたい」ということです。
でも、大人になると理性が働きます。
「何の理由もなく出すわけにはいかない」と、一応はわかっています。
だから「理由」を探しているのです。
「ここなら怒ってもいいだろう」と。
そして理由が見つかれば好都合。
スイッチがオンになるわけです。
きっかけとなった「怒って当然」の出来事を言い訳にして、
実は溜め込んでいたものを上乗せして表現するのです。
だから「なんでそんなことでそんなに怒るの??」というようなことが起きたりするわけです。
なぜそうなってしまうのか?
かつて出すべき時に出せなかったものだから、
今更出せないと思っているから、
本当は隠したい怒りだったから、
です。
イライラしやすい人、
すぐに文句を言う人、
突然我を忘れるくらい怒ってしまう人は、
自分の中にある「溜め込んだ怒り」を見てみましょう。
もちろん、いつも怒っているのが好きな人は、特にやる必要はありませんが。。。(笑)
でも、本当は誰でも、いつでも気分良く過ごしていたいはずですよね。
「常に怒っていたい」「しょっちゅう怒っている」のだったら、
健康的とは言えませんし、何かその理由があるはずです。
心も体の中も、お掃除が大事。
怒りも溜め込んでさえいなければ、目の前の出来事でいちいち腹を立てることもなくなってきます。
でも、注意しなければならないのは、
「本当は片づけていないのに片づけたつもりになっている」場合も多いということです。
喜怒哀楽全てがきちんと動いていることが、健康な感情の状態です。
溜め込んだものを片付けた後は、怒りを感じたらその時の適切なテンションで怒りを表現し、
それを引きずり続けることもなくうまく処理していけるようになります。
だから、怒りを全く感じなくなるわけではないのです。
「私はもう怒りは何も感じません(もう全部片づけたから…)」
と言って薄い笑顔を浮かべている人は、
感情に蓋をしただけで片づけたわけではないということも、知っておきましょう。
「怒り」について理解していくことが、
自分の感情に対処していくための一つのきっかけになることを知っていただきたいと思います。